こんばんは🌗
今日はドラゴンフェニックスカーペット(もしくは単にドラゴンカーペット)について軽くご紹介できればと思います。
Anatolian Conecptのオンラインショップではトルコ絨毯ーコレクション2のところにあります。力強〜い一枚です。でも肌触りはむにゃむにゃと気持ち良い上質の草木染羊毛が使用されいています。
ショップでご紹介のこちらは、15世紀に織られ、現在ベルリンの博物館にあるものの復元版です。もちろん草木染めですが、オリジナルより凝っていて、色の切り替えの部分は毛足の長さで刈り込みが入っているんです。
さて、こちらはベルリンのあの(※)有名なペルガモン博物館にある龍と不死鳥の絨毯のお写真です。1886年に当時の博物館Wilhelm von Bodeが持ち込んだものだそうですが、おそらくイタリアのシエナの教会にあったものではないかと言われているそうです。
絨毯は15世紀に織られたもので、オスマン帝国の勢力の強かった時代のものの様です(現在のトルコ、イラン、アゼルバイジャン、アルメニア、グルジア、イラクがその領土だった頃)
デザインの構成は伝説の火の鳥と龍の舞い、戦いを表したもので、中世の絵画などでも見ることができます。モチーフの真ん中から広がるのが龍でその上にあるのが不死鳥です。
シエナのサンタマリアデッラスカーラのフレスコにこちらの絨毯を見ることができる様です。
拡大して切り取ってみました⬇️
このフレスコはDomenico di Bartoloが1440-1444の間に描いたもの。サンタマリアデッラスカーラの一階部分ホールIl Pellegrinaioに画かれているものの一部です。この方、、1445年に45才でお亡くなりになられているので相当無理がたたったのでしょう。フレスコ画は足場を組んで寝転んだ形ですとか不自然な体勢で描くのできつい作業と言われていますよね。
⬇️現在のil Pellegrinaio 素敵ですね〜🧡
⬆️ 外見はこんなシンプルなのに、イタリア人って本当にすごい!
書きながら私の心はどんどんイタリアやフレスコ画に行ってしまいましたが、絨毯に戻りまして、このDragon and Phenix carpet というのは、アルメニア人等キリスト教信者が織ったのではないかとも言われいてるそうですが、イスラム教もPhenixは大事にしていましたので、そこはちょっと断定できないかもしれないですね〜っと私は思います。
こちらは現在スウェーデンにあるもので、スウェーデンのMarby協会にあったことから、Dragon Carpetの他にMarby rugとも呼ばれているそうです。検査で1300-1420年の間のものとわかっているそうで、このタイプのものは現在のカイロあたりで織られたものの様です。オスマン帝国の領土ですね。
話は龍と不死鳥の絨毯から動物柄の絨毯になりますが、1988年まで、アナトリアの絨毯で動物が織り込まれたものは上記だけだったそうです。それがその後7枚、チベット修道院にあったものを僧達が中華革命からネパールに逃げた際に一緒に運んでくれたそうです。そのうち一枚はメトロポリタン博物館に買い取られた様で、それがこちら⬇️
動物柄はまた今度分けていつかかけたらなあと思いますので、龍と不死鳥はここまでになります。
今日もお読みいただきありがとうございました。
※あのと強調したのはトルコからすごい形で持ち去っていった遺跡だからです!これもいつかブログに書きますね。トルコ政府の文化関係の方からトルコから持ち去られた遺跡という書籍を頂いたのですが、アンカラに置いてきてしまったので、描くのはずっと先になるかもしれませんが、、、。